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青木志保子さんのアートモデル姿
青木志保子さんのアートモデル姿

青木志保子さんのアートモデル姿

プロフィール

・氏名:青木志保子
・会社名:国際大学グローバル・コミュニケーション・センター /理化学研究所
・役職名:主任研究員/客員研究員
・職種:研究職

・簡単な経歴:「環境×参加型社会」を軸に、地方自治体職員、NGO職員、NPO職員を経て、2015年より研究者に。東京大学新領域創成科学研究科修士課程(工学)修了。専門は環境学。
離婚をきっかけに「自分を生き切ろう」と思いたち、ライスワークは【研究者】をしながら、ライフワークは【アートモデル】として、自分なりの表現に取り組んでいる。
・居住地:東京都福生市
・ご自身の年齢 :35歳。1983年生まれ
・お子様の年齢 :3歳。2015年生まれ

現在のお仕事の内容、ワークスタイルを簡単に教えてください。

ライスワークは研究者として、国際大学グローバル・コミュニケーション・センター(http://www.glocom.ac.jp/researchfellows/shihoko_aoki)に属し研究者をしています。いわゆる学者タイプではなく、多様なセクター間とのやりとりや、それによる社会的価値の追求、その時に必要な対話のあり方、などを実践というかたちで研究しています。また、この9月からは理化学研究所の未来戦略室(https://rido.riken.jp/)に客員としてジョインしています。
また、今年の夏からはライフワークとしてアートモデルでの表現(https://www.instagram.com/shihoko.aoki/?hl=ja)(https://shihoko.hateblo.jp/)を始めました。もともと好きだった環境(自然)や、自分が持っている世界観を、誰の評価も気にせず好きにやってみたい、ただ「好き」を追求してみたい、とチャレンジを始めました。

平日1日のスケジュールを簡単に教えてください。

6:30 起床・準備
7:00 子ども起床、準備
7:30 出勤
9:30 始業
17:00 終業
19:00 帰宅・夕食・お風呂
22:00 子どもと一緒に就寝

出産して、何が一番変わりましたか?

「自分の思い通りにならないこと」があるということ、そして「遊ぶ」ことの偉大さ、を知れたことでしょうか。ずっと周りからよく見られたい優等生だったので(笑)、うまくいかないこと、しかもそれが自分の努力とは関係ないものとして存在する、ということがこの年にしてようやくわかりました(笑)。それがわかって、ようやく人や世界に優しくなることを知れた気がします。

 

ワーママとして育児&仕事をしていて良かった~!と思うHappyなエピソードを教えてください。

批判を恐れずにいうならば、「仕事をすることで24時間子どもとずっといることから解放された」ことでしょうか・・。仕事、という大義名分の獲得ですね(笑)。
でも、その離れる時間が出来たことによって、家に帰ったときに「こころから愛おしい」と思えるようになったと思います。
仕事のおかげで、育児という限りある時間を大切にしようと思えた気がします。なんでもバランスですね。

 

育児&仕事をしていて大変なことはありましたか?それは何ですか?

育児(という自分の力じゃどうにもならないこと)と仕事(という自分の力でどうにかしなきゃいけないこと)というある種の真逆の2つの要素のはざまに陥ることそのものでしょうか。
まさに、「アクセルを踏みながらブレーキを踏み続ける」という体感覚に、悩んだ時期はありました(今もですが)。

 

それをどうやって解決していますか?

「そもそも自分はどうしたいんだっけ」というのを考えることにしています。
この世に、「しなければいけないこと」なんて何一つない、と思っています。子育ても仕事も、どちらも「自分で選んでしていること」であって。
もちろん、親として(しかもシングルマザーなので)子どもを育てる責任を感じることはありますが、子どもにとって一番うれしいのは、私が毎日笑顔で輝くことだとそう信じています。
だから、「私はどうしたいんだっけ」を深く問うようにしています。(その結果でてきた一つがアートモデルです。)
ここまで深く自分を見つめることができたのは、まさに子どもの存在のおかげなので、本当に感謝しています。

 

育児と仕事、それぞれで一番大事にしていることは?

「自分がどう感じているか、どうしたいか」です。
自分を大切にすることが、一番難しく、そして結果的に周りを幸せにすると思っています。

 

突然踏み込んだ質問ですが、なぜシングルマザーになり、それをポジティブに公開することにしたのですか?

「自分で自分を信じたい」からです。
自分が選んだ道なのに、やっぱり後ろめたかったんです。わざわざ言うことではない、将来子どもが大きくなった時に何か言われたら・・とか考えたりしました。でもよく考えたら、それは、‘「シングルマザーという存在をよくないもの」と罰しているのは私自身だった’、ということに気づいたんです。笑っちゃいました(笑)。
ある時ふっと覚悟ができて、「私が私を認め愛そう」と思って。そしたら言わずにはいれませんでした(笑)。
あとは、「同じように悩んでいる人がいたら、その人の光になりたい。」というのもありました。シングルマザーだって、楽しんでいい。いや、シングルマザーとか関係ない、ただの一人の女性として、輝いていい。いろんなことを体験して、エンジョイしている、それがたまたまシングルマザーだったよ、そういうロールモデルになりたかったんだと思います。

アートモデルを始めるきっかけになった最初の親子撮影

アートモデルを始めるきっかけになった最初の親子撮影

ママになってアートモデルを始める方もなかなかレアです。どんなきっかけでアートモデルを始めたのですか?

ふとした流れで親子写真を撮られる機会があって。それがまずすごく楽しくて強い印象を残しました。仕事もいろんなことも「頑張る」癖がついているんですが、その自然の中での撮影では「私のまま」でいることができました。あとは、仕上がった写真をみてもとても美しかったんです(笑)
それから、そのあとくらいに、ちょうど前述した「自分で自分を信じたい」という思いが強くなってきていて、私が昔から好きですごく中心にあるものって何かな、って考えていました。
そのとき撮影したことや、それから過去の自分が取り組んできたこと(環境学やNPOでの経験や感性等)を含めて、「私、自然の中ではだれにも負けないくらい表現できる!」という根拠のない自身が沸いてきたんです。
色々進める中で、もちろん悩むこともありますが(ルックス、いわゆる造形美ではプロのモデルさんには敵わない、など)、「ただ私自身であること、それが光になること」というのを追求して、常に自分らしさにこだわっています。

自分自身の生き方も含めて、これからの多様性社会について研究中

自分自身の生き方も含めて、これからの多様性社会について研究中

研究者をされている青木さん。どんな研究をしているのですか?

もともと「環境」を軸にずっとやってきたのですが、様々な仕事をする中で、「環境をはじめとする現代の社会的課題は、ステークホルダーとの連携が何よりキーになる。」と気づき、官民連携事業設計、CSV戦略設計、それらを目的とした対話の場づくり・ファシリテーション、つまりコミュニケーションのあり方を研究しています。また、そこからさらに進んで、「今のこの複雑な社会はどうなっていくんだろう。同時に、個人はどう変わっていくんだろう。」というところに関心を寄せています。自分自身の経験も含めて、加速化する個人の価値観や生き方の多様化、それに伴う社会の変化について考察しています。

 

研究者にアートモデルに。今後はどういう展開をしていくのでしょうか?

それが、未定ですね!(笑)
研究者もアートモデルも、それに限らずすべてことが、前述したとおり、「自分でやりたいこを選ぶ」というところにあると思っています。
その時その時やりたいことを全力でやっていく、今はそういう段階にいます。

 

今後の目標やプランを教えて下さい!

縁とタイミングを大事に、自分を最大限に生きていきたい、と思います。
悩むこともたくさんありますが、それさえも楽しんでいきたいです。
もし目標があるとすれば、私が「私でよかった!」と思える状態であること、そして、子どもに「お母さんってほんと変なひと!でもかっこいい!」と言ってもらえることでしょうか。

最後に、メッセージをお願いします。

ここまで読んでいただきありがとうございました!何かのエネルギーを与えることができていたらうれしいです!
最後に、私の息子の名前にも選んだ「遊」という字について、デービッド・ケスラーさんの次の言葉をここに残したいと思います。
————————
わたしたちは生涯愉快にすごし、遊ぶために地上に生まれてきた。
遊びはたんに子供の気晴らしではなく、人生の力であり、生命力である。
遊ぶことは人生を最大限に生きることである。
あまりにも多くの人が、たえず生産的であり、いつも成功し、つねに達成することにとらわれすぎている。
なにかを「する」方法は知っていても、生き物として「ある」方法は知らないのだ。
———————–

インタビューby 椿

2018年11月28日 0 comment
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中西さん

今回のインタビューは紀乃さんからのご紹介です。以下、紀乃さんよりご紹介メッセージです!

紀乃さんよりご紹介メッセージ

 地域で経営者ママ同志としてして繋がった中西さん。彼女と出会わずして今の私は在りませんでした。相談すると広い視野からの鋭い意見を愛に包んで答えてくれます。頼れるけど甘えさせない、きりりと恰好いい姉さんです。

 明確な意思を持ち、それに沿ってどんどん前に進む行動力。日本と諸外国を繋ぐ仕事をし、散歩の如く幼子二人を連れて出張する姿は風のように軽快です。

中西さん

中西さん

プロフィール

・氏名:中西 景子(なかにし けいこ)
・居住地:2013年に東京から三重県菰野町へ移住

・ご自身の年齢 :(36歳)

・お子様の年齢 :(長女7歳 2009年生まれ・長男3歳 2013年生まれ)

・ワークスタイル:自営業

・会社名(個人事業主):makiras   /  NGOビスタレイ / モノコト企画

・役職名:makiras代表/NGOビスタレイ代表/イベントプロデューサー

・職種:デザイン企画・輸入・卸業・小売業・インターネット販売など

・簡単な経歴:

2002年 大学卒業を間近に控えた頃、ようやく魅力的な会社を見つけ東京都日本橋の卸業会社にアルバイトで入社、その後大学卒業後に社員、本部バイヤーとなり3年間様々な国へ出張のハードな社会人生活を経験

2005年 量販の世界への疑問もあり退職し、makirasという屋号で独立。タイ・ネパールなどでオリジナル製品を製造し、卸売りを開始。

2006年 百貨店・デパートへテナント出店開始。

2009年 第一子出産。それまでのテナント出店から家族でも行ける野外フェス・イベント出店へシフト。

2012年 3.11後、熊本へ家族で短期移住<makiras熊本パルコ店を短期出店>。

長女は東京で出産し

東京の仲間らと共に <楽しい!の種類を増やそう>をコンセプトにしたイベント企画団体 モノコト企画 を立ち上げる。

2013年 熊本から東京へ戻り、三重県菰野町へ移住。

出産に備えて、自宅事務所をベースに仕事ができる楽天ショップmakirasOPEN

第二子出産。

2015年 ネパール大地震をきっかけに、今まであたためていた<ネパール相互支援>を開始

NGOビスタレイ立ち上げ。

現在のお仕事の内容、ワークスタイルを簡単に教えてください。

makiras http://www.makiras.com/ の仕事が本業のため、平日は主に楽天ショップmakiras http://www.rakuten.co.jp/makiras/ の業務を行い、春~秋の週末は全国のフェスイベントに出店

本業の傍ら、NGOビスタレイ http://www.ngobistarai.com/ の業務をボランティア(非営利)で行う。

モノコト企画 http://www.mono-koto.jp/ として、不定期で百貨店での期間限定イベントや屋内・屋外でのイベントをプロデュース

上の写真はネパールのフェアトレード団体の工房にて

上の写真はネパールのフェアトレード団体の工房にて

平日1日のスケジュールを簡単に教えてください。

615分起床 朝ご飯の用意

630分 長女・長男起床 朝ご飯

7時~7時半 長女家庭学習

740分 長女登校後、家事を済ませる

815分 長男と保育園まで歩いて登園

9時~ メールチェック・楽天ショップの梱包・発送・問い合わせ対応・新商品の撮影・編集など

15時 長女帰宅 長女のおやつと一緒に昼食タイム

海外とのメールチェック・サンプル・製品確認など

16時過ぎ 長男を保育園へお迎え

17時~家事・夕飯の支度

18時 夕飯

19時 子供お風呂・歯磨き・本読みタイム

20時 寝かしつけ

子供就寝後・家事・片付け・おやつや常備菜作りなど

21時~ 事務・デザイン、イベント、卸の仕事

23時前後 お風呂・ニュースチェック・リラックスタイムヨガストレッチなど

24時 就寝

出産して、何が一番変わりましたか?

今でも友達の半数は独身なので、何が変わったのかはあまり意識していることはないのですが、明日出来ることはなるべく明日に回すのがうまくなった気がします笑。

子供は季節の変わり目はよく風邪を引くので、いつでも仕事に対して<今日中に終わらせる!!>なんて姿勢でやっていたら自分が持たないので、バランスを取るのが上手になりましたね。年間で組んだ計画を、上半期・下半期、さらに月ごとに割り振りして、子供の体調に合わせて週ごと・日ごとに臨機応変に更新させるようにしています。

ワーママとして育児&仕事をしていて良かった~!と思うHappyなエピソードを教えてください。

子供のお客さんに対する接客が上手になりましたね。<この時期の子はこんな成長の時期>という目安がわかるようになったので、小さなお客様と接する時間もとても楽しいです。フェスイベントなどでの設営作業を見て、子供達が「ママ、お仕事がんばったね♡商品かわいいよ♡」と子褒めてくれるとほっこりします。自分が疲れているときでも、子供達が褒め上手になってくれてやさしい言葉を掛けてくれるので、本当に感謝しています。

2人の子供を、タイ・ネパールの主要取引国の出張にも一緒に連れて行ったことがあるのですが、現地では本当にいろんな方が当たり前のように子供たちをかわいがってくれて、なかなかハードなこともありましたが、とても良い経験ができました。

育児&仕事をしていて大変なことはありましたか?それは何ですか?

出産後はずっと長女が待機児童だったので、百貨店などのテナント店舗をスタッフに任せっきりになっていまい、テナント出店はやめることにしました。日中は仕事ができないので、子供が寝付いてから仕事に明け暮れていましたね。長女は夜泣きが3歳頃までかなり多かったので、泣く度に仕事を中断して寝室と仕事部屋を往復していました。

移住後に長男を出産したのですが、夫婦共に関東が実家なので、やはり仕事と家庭と育児の両立は楽ではなかったですね。元々、周囲に甘えるのがあまり上手な性格ではないので、なんでも自分で無理してやろうとしてしまい、体調を崩すことも多かったです。今住んでいる場所は、私が育った場所とは常識が180度違うことも多いので、最初は知らないことや価値観の違いに驚くことが多かったですね。

また繁忙期はどうしても平日も週末も仕事の週があるので、なかなか心に余裕を持って子供と接することができないこともありますね。

 

それをどうやって解決していますか?

長女は1歳半からの半年間は週に2回、チャイルドスマイルのちいはぐの1人目の園児として、少人数保育で預かってもらいました。週に2回でも一人で日中に仕事と向き合える時間が作れたことは、本当に言葉にならないくらいありがたかったです。2歳半~3歳のときはプリスクールに週に2回預けていました。

移住後長男が0歳~1歳で保育園に入る前は週に2回、菰野町のファミリーサポートセンターのサポーターの方々に長男を預けて、日中も仕事の時間を確保させて貰いました。

11でサポーターさんにかわいがっていただけたおかげで、長男は今でも全く人見知りをしない自信にあふれたやんちゃな男の子になりました笑。

祖父母がいない地で、身内以外にかわいがってくれる方がいて下さったことは本当にありがたかったです。

繁忙期に余裕がないときは、きちんとその理由をわかりやすくかみ砕いて話すようにしています。小学生になった長女は、「わたしもたまにそういうときあるよ」なんて、今ではいろいろな気持ちを共感できる、アドバイザーにもなってくれています。

育児と仕事、それぞれで一番大事にしていることは?

いつも子供にはプラスとプラスの言葉がけを大事にしています。~しないと~しないからね。ではなく~したら、~しようね、と。またできる限り子供一人一人とゆっくり話す時間を作るようにしています。娘は学校から帰ってきた時間や2ヶ月に1度のデートの時に、息子は保育園の行き帰りに。私はスマフォを持たないことで、子供との時間に集中できるようにしています。

仕事では取引している国が日本と違ってお祭りや連休が多い国が多く、それぞれ特性があるので、サンプルアップ・製品製造期間・出荷日・などいろいろなことを視野に入れて余裕を持って進めています。どんな時も<自分が防ぐためにできたこと><今自分ができること>にフォーカスして、何があっても<だれか>や<なにか>のせいにしないくせをつけています。

また、どちらにも言えることですが、今まで一人きりでやってこられたこともなければ、今後も一人でできることなんて何一つないので、スタッフや関わる人、そして支えてくれている家族や友人への感謝は絶対に常に忘れないように心がけています。

mikiras」 について、立ち上げの背景と活動内容、今後の目指すところを教えてください。

企業でバイヤーとして働いているときに、量産の世界とアンフェアな現地との関係に疑問を抱き続けていました。自身も過労で体を壊していたので、それぞれのワークライフバランスを尊重しながら、小さくてもいいからビジネスとして回せれば、そういう仕事の仕方が私が求めている形ではないかと思い、独立しました。てしごとや天然素材の製品をなるべく今後もオリジナルで製造していきたいですね。現地で無理な値段で買いたたくのではなく、公平な価格でこれからも長く現地や生産者との関係を続けていきたいと思っています。関わる人間すべてのワークライフバランスを大事にしながら、きちんと回せるように継続していこうと思っています。

11年来のネパールのカーゴエージェントと

11年来のネパールのカーゴエージェントと

「ビスタレイ」 について、立ち上げの背景と活動内容、今後の目指すところを教えてください。

何年も前から、ネパールでフェアな関係で共に良いパートナーシップを結べる持続可能なプロジェクトを何か自然界の物をつかってやりたいなと構想していました。

震災後、最初は寄付を集めてネパールに送って、当時のスタッフを通じて本当に支援が必要なローカルな場所に届けて貰っていました。

そのうちに<ただ寄付をする>という形に疑問を持ち、以前から温めていた構想を形にできれば、小さな村でも自分たちで経済を回していく仕組みが確立できるのではないかと考えました。

コーヒー豆とソープナッツにしようと決めたのは、どちらも無農薬で栽培されていて、消耗品のほうが継続しやすく回転しやすいのではと思ったからです。

年始にその年の目標を立てるようになったのはいつからですか?またこれを始めたきっかけがあれば教えてください。

高校生の頃からですね。

来年は○○に海外旅行に行きたいから、バイトでいくら溜めようとか、そういう風に計画を立てるのが好きだったんです。自分の目標をまず決めて、そのためになにをするべきか、という今も変わらない自分のスタンスが確立できた時期ですね。

パワーママになるためにこんな人と結婚するとよいよというアドバイスがあれば教えてください。

私自身がパワーママなのかはわかりませんが笑、うちの夫は私とは正反対の性格なので、自分と全く違う見方が出来る人がパートナーだと、夫婦はバランスが取れるような気もします。お互いいつも、そんな考え方があるんだ!と今でも驚くことが多いです笑。

パートナー同士は元々はお互い個人で、それが2人の夫婦という形になり、縁があって子供を授かってパパ・ママになるものなので、どんな形になっても互いの<個人>を尊重する気持ちを持っている人がいいですね。

もしくは中西さんの想い描くパワーパパってどんなパパですか?

うちの夫は、男性は妊娠と出産が出来ない分、時間を取れるなら他の育児はその分担当するのが当たり前、という考えを持っている人です。

とはいえ、サラリーマンなので平日は朝早くに出かけて、繁忙期は日付が変わってから帰ってくることも多いので、できるときに子供とお風呂に入ったり寝かしつけを担当しています。

よく言われている<男性の育児参加>なんていう育児に対して他人行儀な参加形の価値観ではなく、たとえできる時間が少なくても<二人の子供のことは夫婦で分担>という価値観を持っているパパだったら、ママのことをパワーママにしてあげられるパワーパパなのかなと思いますね。身体的に育児に割く時間がなくても、精神的に夫婦で支え合う考え方を共有できていれば、<できるときにできるひとがやる>という自然な流れになりますしね。

将来、娘ちゃんと息子くんにはどんな大人になって欲しいと想っていますか?

どちらにも自分なりの幸せを見つけてもらえて、自分が望んでいる生き方をしてもらえたらわたしはそれが一番うれしいです。こうなって欲しい、という希望は特になくて、ただ<生まれてきて良かったな>と想える瞬間をいっぱい見つけてくれたらうれしいです。

今後の目標やプランを教えて下さい!

子供の成長や家族の状態を見ながらワークライフバランスを柔軟に変えられる人間でありたいなと思います。こうあるべき、こうでなければという自分自身のジャッジメンタルな面にのまれずにいられたらいいですね。

課題ごとに、<自分が何が出来るか>を考えて、それに向かって自分が出来る最大限の努力をする。今までもこれからも、とてもシンプルです。

最後に、メッセージをお願いします。

どこに暮らしていても、何をしていても、だれでもいろんな問題を抱えながら育児をしていると思います。大変さを全面に出して、不満を持って育児をしていてもつまらないと思うので、一緒に笑い飛ばせるような友達と、たいていのことは笑い話に変えてなんでも楽しんでしまった方が得だと思います。どんな場所でも受け入れてくれる機関や人がいるので、しんどいときは一人で抱え込まずに、色々と調べて育児に少しでも笑顔を増やせたらいいですよね。一人でも多くのお母さんが、前向きになれる社会になりますように。

2016年11月25日 0 comment
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