今回のパワーママは、精神科医として病院で患者を治療する中で、もっと早い段階で状況を改善し社会を良くしたいとの思いを持ち、産業医事務所を立ち上げた、2人の男の子を持つママ。産業医派遣の現状に問題意識を持ち、女性ならではのきめ細やかさを活かして、より企業に役立てる形を模索していらっしゃいます。
プロフィール
・氏名:石井りな
・会社名:フェミナス産業医事務所 http://www.feminus-sangyoi.com/ (運営会社(株)プロヘルス)
・役職名:代表取締役
・職種:産業医・精神科医
・簡単な経歴:母親が医師として活躍している姿を見て医師を志し、千葉大学医学部に入学
⇒都内の総合病院に研修医として2年勤務後、同病院の精神科医として3年間勤務。その間に長男を出産(3ヶ月で復帰)
⇒その後精神科の専門病院を自分で見つけ転職し、3年間勤務。その間に次男を出産(6ヶ月で復帰)
⇒病院勤務の傍ら行っていた産業医の仕事で現状に問題意識を持ち、2012年7月に産業医事務所を開設し現在に至る。
・ワークスタイル:会社経営
・居住地:東京都
・ご自身の年齢:33歳
・お子さんの年齢: 5歳(2008年), 2歳(2011年)
平日一日のスケジュールやご主人との家事育児分担などを教えてください。
7:30 起床
8:30~9:30 自宅でコラム執筆や資料作成(パパが2人の息子を保育園へ送る)
10:00~ 顧客企業訪問
12:00~13:00 ランチ (ミーティングをすることも)
13:00~14:00 カフェなどでノートPCを開きデスクワーク
14:00~16:00 顧客企業訪問
16:00~18:00 オフィスでメールチェックや資料作成
18:30 オフィスを出る
19:30 夕食
22:00 子供の寝かし付け
22:00〜24:00 デスクワーク 1日の振り帰りと翌日の準備など
24:00過ぎ 就寝
*毎日、1万歩以上歩いています!新たな顧客企業開拓を行う日もあります。
*医学的に最も健康に良いと言われている7.5時間睡眠を基本にしています。
*スタッフとの連絡は、メールやSNS、オフィスでまめに行っています。
*朝は夫がメイン、夜は自分がメインで家事育児を行っています。夫は出張が多いので、グーグルカレンダーにはこの日はどちらが保育園へ送るか、など細かく入力しています。
*週2回、家事代行サービスを依頼して掃除などをしてもらっています。
*平日の子どもの習い事に関しては、保育園から習い事へファミリーサポートかアイポートから紹介いただいた地域の方に連れて行ってもらい、習い事へのお迎えは自分で行っています。
出産してご自身の内面では何が一番変わりましたか?
子どもに恥じない生き方、働き方をしたいと考えるようになりました。
それまでは、医師として周りと同じように働き、出産後は週3日非常勤で負担のない程度にと思っていました。しかし、子どもが生まれると、彼らが大人になったときにより良い社会を残すため、今の自分に何ができるかを真剣に考えるようになりました。
そして、長時間労働による健康被害や過労死、メンタル不調といった問題を解決し、健やかに元気に仕事に挑戦しつづけられる人々を増やすこと、それが自分にできることなのではないかと思ったのです。そして今思いを形にするべく、できることを少しずつ頑張っています。独立して、自分の考えを発信するようになり、怖いなと思うこともありますが、“自分の考えや情報を発信できることがどれだけありがたいことか”ということにも気付きました。
現在のお仕事の内容を簡単に教えてください。
産業医の事務所を経営しています。精神科医、内科医などの女性産業医をスタッフとして雇用し、顧客企業の健康管理、メンタルヘルス問題をチームで解決しています。担当企業をスタッフが定期的に訪問し、従業員面談などを行うのですが、当事務所ではそれだけにとどまらず、対象者と人事部担当者、対象者と上司の間などの人間関係の調整や面談の設定、復職プランの設定、休職復職に関わる人事システムの構築など、人事や管理職支援も行うことが特徴です。社内の環境をチェックするため、歩いて見て回ったりもしています。
私たちがイメージする産業医よりも、かなり踏み込んだ仕事内容ですね。どうしてそのような事務所を立ち上げようと考えられたのですか?
一般的に産業医は、医師会からの紹介が中心でした。
しかし現在は医療専門職ではない人材派遣会社が企業と登録医師の条件をマッチングして派遣する形が増えつつあります。通常医師等の専門職派遣は法律で禁止されていますが、産業医派遣に関しては明確な定めがないのです。この形態ですと、医師側は企業と直接契約する手間がなくて便利ですが、どうしてもアルバイト感覚になってしまいます。企業側も法定義務を果たすためだけに利用していることが多いのが現状です。
私は精神科病院で勤務している時、この形態で産業医として派遣されていましたが、企業訪問中にただ産業医面談を行い、それを人事にフィードバックするだけの業務に物足りなさを感じました。“病院で患者を待つだけでなく、その前段階から人と関わることができる産業医という仕事を、もっと踏み込んで、企業に対しても従業員に対しても責任を持って行いたい。それによって従業員に対してはうつ病などの疾患を予防できることを、企業に対しては不調者に対する甘すぎず厳しすぎないフェアーで妥当な対応をする必要性を伝えていきたい。”と考えました。また、「健康」そして「働く」ことの尊さを伝えていくことにより、企業だけでなくそこで働く従業員一人ひとりが健康リテラシーを高め、健康を害すほどの過重労働が減っていくことで、良い社会になると考えたのです。よく誤解されがちですが、企業は成果を出して欲しいとは思っていますが、病気になるまで長時間働けとは思ってはいないのです。
自らが事務所経営者となったのは、弁護士や税理士のように、医師自らが事務所の代表となり、職務にあたるべきとの考えがあったからです。
女性産業医を主に雇用しているのはなぜですか?
産業医には「企業と働く人のこころをつなぐ」架け橋のような役目があります。
トラブルや訴訟になるケースでは双方の誤解が多いため、企業の中に入り込み人間関係を調整するケースワークという仕事が重要になってきます。それには高いコミュニケーション能力を必要としますが、経験上女性の方がその能力が高いと考えています。また、女性の従業員が、生理や妊娠関係、女性同士のトラブルなど、男性上司に言いにくい問題を抱えている場合、女性産業医になら相談しやすいという利点もあります。男性社員からは同性だと余計なプライドが邪魔して言えない事も言いやすいという感想を頂いています。
女性なら誰でもいいというわけではなく、医師としての経験が10年以上ある人、コミュニケーション能力の高い人、企業の立場を理解できる人、向上心のある方を主に雇用しています。
その結果、女性産業医全員がお子さんのいらっしゃるママでした。多くの女性医師が、出産を機に仕事を辞めたり絞ったりしている現状がありますが、自身も子育て中であることもあり、子どもを持つ産業医が働きやすい環境を整えています。そもそも産業医の仕事は、それなりのスキルの必要性と重圧はあるものの、契約企業と取り決めた時間を超えて従事するケースがほとんどなくスケジュールの調整も可能なので、長時間拘束される病院勤務に比べて働きやすいと感じています。実際に私は病院に常勤で勤務していた時よりも自由に使える時間ができ、子供との時間も増えました。
事務所を非営利として、運営元を株式会社としているのはなぜですか?
もともと私は予防医学や医療知識の普及に関心があり、特に、今後高齢化が加速する日本において希少となる生産年齢の健康増進を、自分のキャリアテーマにしたいと考えました。そこで、産業医だけでなく、webコンテンツの医療監修、アロマスクールの医療監修、保育事業の医療支援、自治体の母子保健事業支援などを行っていました。
その後徐々に医療や健康、メンタルをテーマに企業や団体の方からご相談を頂く機会が増え、医師が病院にいるだけでなく積極的に社会へ出て企業にコミットしていくことで、健康を増進するような社会に役立つサービスを生み出していく組織をつくりたいと法人化に至りました。それが(株)プロヘルスです。顧客企業が行う事業・商品・サービスに対し確かな医療・メンタルの要素を盛り込んでいくのがプロヘルスの仕事です。
しかし一方で、産業医という企業の内部に対する業務、しかも法的に義務づけられているものを営利事業として実施することに疑問を感じる自分がいました。ホームページに理念や内容を書いている時にどうしてもその部分はうまく書けなかったのです。そこで、顧客企業の内部に対して行う産業医・産業保健事業は「フェミナス産業医事務所」として独立コンテンツページを作成しました。フェミナス産業医事務所は企業の内部に対する産業医業務に集中し、(株)プロヘルスでは産業医事務所の各種サポート業務のほか、産業医への支援及び企業が行うヘルスケア事業のサポート、コンサルティング、セミナー事業などを行っています。
産業医事務所経営の他、フローレンスなどの活動もされていますよね?
はい。産業医の職務には長時間労働対策があり、世に言う「ワークライフバランス」という考えと重なる部分があり、勉強のためにフローレンスの「ワークライフバランス研究会」に参加したのがきっかけです。私はフローレンスの病児保育サービス利用会員でもありますし、ママドクターとして往診を担当したこともあります。現在はフローレンスの産業医をフェミナス産業医事務所で、おうち保育園に対する医療的支援を(株)プロヘルスで行っています。
病児保育を直接運営はできなくても、社会の課題を解決する企業を産業医・顧問として、応援できることは大変やりがいになります。
フェミナス産業医事務所では他のNPO法人も支えています。
ワーママとして育児&仕事をしていて良かった!と思うhappyなエピソードを教えてください。
出産前、友人は医師ばかりでしたが、今では“ママ”というキーワードで様々な職業の方とお友達になることができました。保育園やworking mama partyという異業種交流会,ブログを通じて知り合ったママ達から教えてもらう情報や知恵は宝物です。ママ人脈から企業を紹介してもらい、契約になったこともあります。“ママ”の人脈から生み出されるものは無限大です。
育児&仕事をしていて一番大変なことは?
子どもといる時間が限られてしまうので、特に下の2歳の子には寂しい思いをさせていないか心配しています。ただ逆に、家に帰ったらあまり仕事ができないもどかしさも感じています。一度帰宅するとお母さん業メインになるため、仕事の事業戦略をじっくり考えたり、既存サービス向上について進める時間をみつけたりすることはなかなか難しいです。その他、参加したい!と思う勉強会や研修会、交流会はほとんど夜なので思うように参加することができていないなと感じます。
それをどうやって解決していこうとしていますか?
夜の時間を夫やファミリーサポートに少しお願いして活動する日があってもいいかなとは思っています。土日に子連れで交流会や勉強会というのもいいですね。勉強会については、自宅で料理しながらライブで視聴でき、議論に参加できたらいいですね。夫の会社ではITツールをうまく利用して、離れていても会議に参加でき、かなりフレキシブル。医療の世界も早くそうなって欲しいなと思います。
育児と仕事、それぞれで一番大事にしていることは?
育児:「心を育てる」と「人任せにしない」こと
愛着形成が人間の根幹であり特に小さい時は重要だと感じています。「どんなときでも味方になってくれる」絶対な安心があるからこそ、子供は友達にやさしくできる、辛い時でもがんばれる、失敗を恐れずに子供らしく何事にも挑戦できる。子供たちの心が自ら育っていけるよう、今は愛情をしっかり伝えることを大事にしています。愛情は言葉だけでなく、日々の態度や行動で伝わる部分もありますが、共働きで多忙だと十分に伝わらないことも多いし、子供は誤解してしまうことも多い。どんな時でも、愛情を言葉で伝えること、もちろん態度も含めて、大げさなくらいに、ストレートに伝えるのが一番です。言葉にしなければ伝わらないこともあります。育児に関しては「人任せにしない」ことも意識しています。掃除・洗濯などの家事は人にお願いしても、子供に関わることはまず夫婦二人でできる限り調整して分担する。あまり無理しても行き詰まってしまいますから、適宜シッターや祖父母にヘルプを頼みますが、人任せにせず当事者意識を忘れないようにしています。
仕事:何よりも感謝と謙虚な気持ちで取り組むこと。
利益や拡大路線に走るのではなく、私達を信頼し任せていただいている企業に対し、できる限りのサービスを通じて、安心・安全を提供していくことが大事と考えています。医師という職業柄、企業の利益向上のためだけのサービスを提案するのではなく、科学的な視点から見て費用対効果の高いサービスを提案するようにしています。
もう一つは、一緒に働いている人達を大切にし、感謝を忘れないこと。これが組織の運営にどれだけ大事なことかは、前職の病院で教わりました。
この二つができてこそ、その先に成長があると考えています。
共働きで良かったと思う点は、夫の収入があるため、利益を求め急拡大する必要がなく信念に沿って着実に広げていけることです。共働きの女性は男性よりリスクが少ないので、ある意味独立や起業がしやすいと思います。
これからの目標を教えてください!
企業の経営層・人事と従業員双方に「安心・安全・健康」を届けていきたいと思います
まだまだ期待値や認知度が十分ではない産業医ですが、認知を広めて、働く方々が健康に困った時「まずは産業医に相談してみよう」と思えるようにしたいです。
そのためには、優秀な産業医を増やしていくことが必要です。産業医は医師として優秀なだけでなく、周囲との関係調整や妥当な落としどころをみつけるケースワーク技能が重要。特に女性医師は周囲との連携したケースワークに長けているため、とても向いている仕事であり、女性産業医が増えることを望んでいます。
「誰もが健やかに生き生きと仕事に挑戦しつづける社会」をつくるのが当事務所の理念であり、女性産業医の活性化と企業へのアプローチによって、その目標に向かい尽力していきます。
サイトをご覧の皆様(ワーママ仲間)にメッセージをお願いします。
私は決して秀でたパワーのあるママではなく(私の家族に聞くとよくわかると思いますが)、睡眠やリフレッシュに十分な時間を割いていますし、人並外れた才能があるわけでもありません。その中で唯一気をつけているのは、社会の課題に常にアンテナを張ること。
ワーママは仕事のつながりだけでなく、育児や地域との交流を通じて、男性とは異なる視点で社会を見ることができます。特に女性は横のネットワークを広げることに長けている。これはかけがえのない大きなメリットです。
その中で感じた課題や問題点に対し、どんな解決策が考えられるのか?自分の仕事を通じてもっとできることはないか?発想の転換や考え方が重要だと思います。そうすることで自分達にしかできないことが見えてきます。現状に妥協せず、より良くするために求め続ける事を忘れないことが大事だと思います。どんな領域でも、子どもを持つ女性の視点が役に立つことが必ずあります!ワーママならではのアンテナと発想力を活用してください!
インタビューby 只友真理、構成:HH